卒婚・あたらしい夫婦のかたち

円満?家庭内別居を目指してたけど本当の『卒婚』にシフトしました。現在別居中です。熟年離婚した毒母との関係も難航中。。

母親との関係


Twitterより

自分の子供を分身のように感じて
どちらか区別がつかなくなるぐらい癒着して
完全に同化してしまう事がある。


姉を産んだ若かりし日の母は
自分の側から片時も離さず
お風呂もトイレも一緒。

自分が子供の頃に憧れていたバレエ教室やピアノ教室に
毎日付き添い、贅沢な服や靴を買い与えて
自分がなりたかったお姫様のような生活をさせていたそうです。

しかし、小学校に入学する頃
姉にも自我が芽生えて
ひらひらした少女趣味の服や
興味のない習い事を嫌がるようになると

母の態度が急変。

「苦労して産んだのに裏切られた」
「何のために娘を産んだのかわからない」
「反抗するならもう育てたくない」


と言い出して
一気に育児放棄へと変わっていくのです。
(実際姉は2ヶ月ほど児童施設に入った)

そんな母が次に情熱を燃やしたのは

男子を産むこと。

産み分けの本を読みあさり
男子を授かるためにありとあらゆる努力をして
待望の妊娠をすると
まだ妊娠数週のうちから
せっせと胎教を施したそうです。

ところが

エコー検査で性別がわかり
女(私です)だとわかったら
激しく落胆すると同時に
妊娠状態やこれからやって来る出産にまったく興味を失い
自堕落な生活になって
とうとう妊娠中毒症に陥り
出産は非常に難産になってしまいました。

どうにか生まれてからも
愛着が持てなかったようで

「お前はテキトーにミルクやっておけば生きてたし」
「寝かしつけ?したことない」
「◯◯(姉)で同じことしたから飽きちゃって」


ネグレクト一歩手前ぐらいの状態で
私は育てられたようです。

とにかく男の子が欲しかった母に

「もう名前まで決めてたのに」
「なんで女なわけ??」


と、ずーーーっと言われてきたので
すっかり罪悪感が染みついてしまってますが
そんな事言われてもどうしようもない。


仮に男子が生まれてたとしても
同じように同化と支配を望んだと思いますが
今でも彼女がなぜ子供を2人も産んだのか
不思議に思います。

そんなふうに育った私の心象風景を
うまく描いてくれているイラストを見つけたので
貼らせていただきます ↓


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最近やっと「距離を置く」ことを覚えて
すこしずつ脱却してはいますが

自分の心が弱ってくると
母の罵倒が頭の中をリフレインして

ああ、自分はもしかしたら母の言う通り
ゴミクズ以下の人間なのかも・・

と思ってしまうので
本当の意味で母と自分を切り離すには
もっと時間が必要なんだと思います。


*過去の毒母関係の記事






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不安だった下血も
目視で確認するかぎりでは
止まってきたように見えます。

医師から渡された
大腸に炎症がある時に推奨される食品リストとにらめっこして
柔らかく煮た大根や、お粥を作り
極力負担をかけないようにしていますが・・

一番いけないのはストレスなんでしょうね。


普段は既読スルーしてる毒母からのライン。

今回は無視できませんでした。

なぜなら
夫が勝手に私の下血の事を
母に話してしまったから。

朝から何度もラインの通知音が鳴って
嫌な予感はしてましたが、、

母から何十というラインが来ていて

「下血なんてみっともない」
「病院は◯◯の△△先生に診てもらいなさい」
「お前の食生活が悪い、普段食べてる物を全部書き出して送りなさい」
「アタシがしばらくそっちに泊まって管理してやる」

など押しつけがましい内容。

もう長い間無視してるのに
安定の上から目線です。

そのうち電話をかけてくるようになったので
着信音を消して放置していますが
面倒な事になってきました。

私が何か反応するまでやめない気がする。

急ぎの仕事が入ったし
こんなことで煩わされてる場合じゃないんですが
返信せずにいると
家に押しかけてきそう。

きっと夫はこうなる事がわかってて
わざと母に知らせたんだと思います。
本当に陰湿な人。

毒母に何を言ってもムダだとは思うけど
もう私の存在を忘れて欲しい。。

あああ、早く引っ越したいです。

そしてラインも電話番号も変えれば
少なくとも母からは逃れられる。

今はあの理不尽なエネルギーの塊と
対峙する元気がない。

「自分で対処できるから問題ない。もうかまわないで欲しい」

とできるだけ丁寧に(でもハッキリと)書いて
返信してから
すぐにラインの通知をオフにしておきました。


別居できたら夫も母も
私のことをキレイさっぱり忘れてくれたらいいのに。

まるで最初からいなかったみたいに。


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夫の祖母の葬儀の件を
あえて母に知らせる事はしなかったんですが

母の気まぐれで
たまたま出した義母へのメールやり取りで
知ってしまったようです。

当然、私に電話をかけてきて

「なんで教えないの!」
「おかげでお母さん恥かいたじゃない!」

と怒り心頭状態で怒鳴りちらすと
話は自分の最近の生活のことになり
身体の不調やご近所さんの嫌がらせ(と母が思いこんでる)、
お金がない、このままじゃ孤独死確実という
どんどん本筋と違う話がとめどなく続くので

ああ、また例によって
自分の不安を人に押し付けてるんだなあと思い
適当に返事をしていました。

ひとつひとつ、丁寧に答えて
これこれこういう理由で葬儀の件は
後で知らせようと思った、と説明しても

母を呼びたくないのはこういう人だから

「そんなのアンタの理屈でしょ!」
「昔っから気がきかないんだから!」
「そういうとこ、あのクズ男(父親のこと)にそっくりだよ!」

どんどんヒートアップして
なぜか話の流れが
私達夫婦に子供がいない事に及び・・

「子供も持たない人間に一人前の口をきく資格はない!」
「夫婦そろって常識知らずなのはそのせいだ!」
「稼げもしない仕事して歳だけとってさ!」
「アンタみたいな女、昔はどう呼ばれてたか知ってる?」
「石女だよ!う・ま・づ・め!」

と、時代錯誤というか
フェミニスト団体が聞いたら卒倒しそうな
罵詈雑言を放ってきたので

葬儀の件で気分を害したなら悪かったけど
今はこれ以上話せないから、と言って
まだ電話口で怒鳴りまくる母を無視して
電話を切りました。

(もちろんその後も鬼のようにかかってきましたが
着信音を消して放置)

数か月会話してなかったけど
久しぶりに聞くとやっぱり強烈。。

でももう以前ほど気持ちを乱される事はなくなり
とにかくこちらの意思を伝えて
静かに距離をとればいい、と思えるようになりました。

わかり合えることは一生ないけど
自分と他人の境界線がはっきりしてくるにつれて
母の事も客観視できるようになったので
気持ち的にはだいぶ楽です。

いろんなタイプの毒母がいると思うけど
基本的には「逃げるが勝ち」なのかもしれませんね。

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微妙な空気になった会場を出て
姉のいる控室に行くと

化粧台の前に座って
放心したような表情の姉が
ポソリと呟きました。

「どうして・・・・」

「どうして、あの人が母親なんだろう・・・」

これは今もなお
私達姉妹が日常的に思うことです。

親を選ぶことは出来ないし
過去を変えることも出来ないけど

母のことは
人生でどうしようもない理不尽の中でも
最も憂える理不尽でした。

ショーのイベント自体は好評だったようで
優勝は姉に決まり
ドレス代も無料になったのがせめてもの救いです。

私はこの件以来

結婚式やウエディングドレスに
1ミリも憧れを持つことはなくなりました。

姉は母のことを心から切り離して
挙式や披露宴の間は
「見えない人」として母を扱っていました。

ですが、人生一番のハレの日に
影を落としたのは間違いありません。

母の暴言や妨害と戦ってまで
結婚式をしようとは
私には思えませんでした

きっと精神的にボロボロになるまで
口撃されたと思います。

晴れ姿もなく
結婚自体が成功してるとは言えない私ですが

今はこれで良かったのだと
思えるようになりました。


度々このブログで
母の事を綴っていますが
こうして冷静に思い出せるようになったのも
書くことによって
当時よりも客観的な視点が持てるからだと思います。

いつもくだらない回想をお読みいただいて
本当にありがとうございます。

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暗雲漂う中での
ショーの当日。

姉を含めて
8人の花嫁達が
カラードレスを着て
ステージを歩く姿はとても華やかでした。

姉は山吹色のシフォンドレスと
ブルーのサテンドレスの2着を
優雅に着こなしていて

お客さんや審査員らしき人達の目線を
集めていたように思います。

滞りなく進行していくかと思いましたが

もちろんそんなわけにはいきませんでした。

客席の前列に座る
年配の女性達が
何やら大きな声で
会話しているのが会場に響きます。

「あっはっはっ、馬子にも衣裳、豚に真珠」

「カカシに布を巻きつけてるみたい」

「あの小便ガイコツが気取って歩いちゃって!」

背筋が寒くなるような
母の声でした。

隣にいるのは叔母のようでしたが
叔母の声はほとんど聞こえず

母の独壇場で
姉のドレス姿をディスっては

自分の発言に自分で笑っていました。

ディズニーの「シンデレラ」のテーマ曲が流れる中
会場の人達はみんな母の方を見ています。

母は姉に手を振って

「ほれ!カカシ!ぼんやりせんで歩け!」

「そのドレス、ペチャパイが目立たなくていいね!」

と声をかけていました。

姉の顔からは
表情というものが一切消えて

ただ曲に合わせて
最後までステージを歩いていました。

私が母の口を塞ぐ前に
イベントは終わってしまい
会場からは一様に
困惑したような雰囲気が漂っていました。。


続きます。

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