卒婚・あたらしい夫婦のかたち

円満?家庭内別居を目指してたけど本当の『卒婚』にシフトしました。現在別居中です。熟年離婚した毒母との関係も難航中。。

母親との関係

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12月が近づいて
朝晩の冷え込みが厳しくなってきましたね。

自宅の近くに
小学校があるんですが

昼間に前を通ると
半袖・短パンの体操服を着た
生徒達が元気に校庭で
体育の授業を受けていました。


最近では
真冬に半袖はおかしい
という声が増えてきて
学校によっては
長袖や長ズボンを
選べるようになったそうですね。

私が子供の頃の小学校では
女子は強制的に半袖とブルマでした。

ですが、
私も姉も真冬に
半袖で授業に参加することは
ありませんでした。


なぜかといえば、、

頼もしき我が家の毒母が
学校に乗りこみ
担任に向かって一方的に

「ウチの娘は気温が◯◯℃以下になったら
ジャージを着させますから!」

と宣言して決めてしまったからです。

今でいうモンスターなんとか
だったんでしょうねえ。。

他にそんな事を言う
親御さんはいなかったと思うので。


個人的には
動きやすい恰好であれば
気温に適した服を着ればいい
と思っていますが

小学生だった当時は
寒さに震えるみんなの中で1人だけ
暖かい服装をしている自分が
怠けているような
ズルをしてるような気がして
何とも居心地の悪い思いをしました。
(それでも暖かいのは助かったけど)


私よりも協調性の高い姉などは
こっそり校庭の隅に
ジャージを脱いで
皆と同じ服装に合わせた事も
あったようです。


教育論、健康論の中で
何が正解なのか私にはわかりませんが

めちゃくちゃな教育方法だった母の所業の中で
体操服に関してだけは
理に適っていたように思います。
(その一方で突然怒り狂って
大雪の日に屋外に立たされたりしましたが)


身体が弱い子供に
薄着をさせても体調を崩すだけです。

今思えば
皆に同じ事を強要する
軍隊方式な学校制度に
不信感を持ったのも
あの体操服の件が発端かもしれません。


そして時を経て大人になってからは
社会の枠組みから逸脱せずに
自由に生きる方法を探してますが


いまだに見つけられてません。


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「体調が悪い」と母から連絡があり
病院へ送迎してきました。


母の事はしばらく書いていませんでしたが
別居準備中~引っ越しの間にも

鬼電(1日に100回以上かけてくる)や
ラインの通知が鳴りっぱなし
な事はしばしばあって

ブロックしたり
解除したりの繰り返しです。


今回は叔母からも連絡があり

本当に具合が悪そうだから
会ってあげて

と言われたので
しぶしぶながら、送迎してきました。


久しぶりに見る母は
かなり痩せて、顔のシワも増え
すっかり「おばあさん」のようでした。

ずっと糖尿病を患ってますが
医師の食事指導に従わず
好き勝手に飲み食いしているので
とうとう尿に大量の糖が降りるようになったらしく
急激に体重が減少したそうです。

足腰もふらついており
階段を降りるのもしんどそうでしたが

口の方は以前と変わらず
玄関まで迎えに来た私に

「遅い!!」
「なんだ、その服は!みっともない!」
(どんな服装でも必ず言う)
「まだそんなボロ車乗ってるのか!」
「◯◯(夫のこと)は何で来ないんだ!」


と唾を飛ばしながら怒鳴り散らします。


母に別居の事は話ていません。


話せば首を突っ込んできて
ああしろこうしろ、だからお前はダメなんだ
と際限なく言われそうなので
できる限り知らせたくありません。


診察を受けて検査をしたところ
数値はかなり悪く出ましたが
以前と違う薬を処方されただけで
入院、という事態にはなりませんでした。


気が済むまで怒鳴りちらして疲れたのか
帰りの車の
助手席で寝入る母を見て

これから先の不安が
黒い雲のように湧き出してきました。


もっと症状が悪くなって
介護状態になってしまったら
一体どうしたらいいのか。。


身体は弱りきっているけど
頭と口のはっきりした母に
奴隷のようにこき使われる自分を想像して
言い知れない不安が押し寄せてきました。

どんなに口汚く罵られても
まだ元気でいてくれた方がいい。。

施設も入院も嫌がるであろう母の老後と
どう関わっていけばいいのか
今は不安しかありません。


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Twitterより

自分の子供を分身のように感じて
どちらか区別がつかなくなるぐらい癒着して
完全に同化してしまう事がある。


姉を産んだ若かりし日の母は
自分の側から片時も離さず
お風呂もトイレも一緒。

自分が子供の頃に憧れていたバレエ教室やピアノ教室に
毎日付き添い、贅沢な服や靴を買い与えて
自分がなりたかったお姫様のような生活をさせていたそうです。

しかし、小学校に入学する頃
姉にも自我が芽生えて
ひらひらした少女趣味の服や
興味のない習い事を嫌がるようになると

母の態度が急変。

「苦労して産んだのに裏切られた」
「何のために娘を産んだのかわからない」
「反抗するならもう育てたくない」


と言い出して
一気に育児放棄へと変わっていくのです。
(実際姉は2ヶ月ほど児童施設に入った)

そんな母が次に情熱を燃やしたのは

男子を産むこと。

産み分けの本を読みあさり
男子を授かるためにありとあらゆる努力をして
待望の妊娠をすると
まだ妊娠数週のうちから
せっせと胎教を施したそうです。

ところが

エコー検査で性別がわかり
女(私です)だとわかったら
激しく落胆すると同時に
妊娠状態やこれからやって来る出産にまったく興味を失い
自堕落な生活になって
とうとう妊娠中毒症に陥り
出産は非常に難産になってしまいました。

どうにか生まれてからも
愛着が持てなかったようで

「お前はテキトーにミルクやっておけば生きてたし」
「寝かしつけ?したことない」
「◯◯(姉)で同じことしたから飽きちゃって」


ネグレクト一歩手前ぐらいの状態で
私は育てられたようです。

とにかく男の子が欲しかった母に

「もう名前まで決めてたのに」
「なんで女なわけ??」


と、ずーーーっと言われてきたので
すっかり罪悪感が染みついてしまってますが
そんな事言われてもどうしようもない。


仮に男子が生まれてたとしても
同じように同化と支配を望んだと思いますが
今でも彼女がなぜ子供を2人も産んだのか
不思議に思います。

そんなふうに育った私の心象風景を
うまく描いてくれているイラストを見つけたので
貼らせていただきます ↓


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最近やっと「距離を置く」ことを覚えて
すこしずつ脱却してはいますが

自分の心が弱ってくると
母の罵倒が頭の中をリフレインして

ああ、自分はもしかしたら母の言う通り
ゴミクズ以下の人間なのかも・・

と思ってしまうので
本当の意味で母と自分を切り離すには
もっと時間が必要なんだと思います。


*過去の毒母関係の記事






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不安だった下血も
目視で確認するかぎりでは
止まってきたように見えます。

医師から渡された
大腸に炎症がある時に推奨される食品リストとにらめっこして
柔らかく煮た大根や、お粥を作り
極力負担をかけないようにしていますが・・

一番いけないのはストレスなんでしょうね。


普段は既読スルーしてる毒母からのライン。

今回は無視できませんでした。

なぜなら
夫が勝手に私の下血の事を
母に話してしまったから。

朝から何度もラインの通知音が鳴って
嫌な予感はしてましたが、、

母から何十というラインが来ていて

「下血なんてみっともない」
「病院は◯◯の△△先生に診てもらいなさい」
「お前の食生活が悪い、普段食べてる物を全部書き出して送りなさい」
「アタシがしばらくそっちに泊まって管理してやる」

など押しつけがましい内容。

もう長い間無視してるのに
安定の上から目線です。

そのうち電話をかけてくるようになったので
着信音を消して放置していますが
面倒な事になってきました。

私が何か反応するまでやめない気がする。

急ぎの仕事が入ったし
こんなことで煩わされてる場合じゃないんですが
返信せずにいると
家に押しかけてきそう。

きっと夫はこうなる事がわかってて
わざと母に知らせたんだと思います。
本当に陰湿な人。

毒母に何を言ってもムダだとは思うけど
もう私の存在を忘れて欲しい。。

あああ、早く引っ越したいです。

そしてラインも電話番号も変えれば
少なくとも母からは逃れられる。

今はあの理不尽なエネルギーの塊と
対峙する元気がない。

「自分で対処できるから問題ない。もうかまわないで欲しい」

とできるだけ丁寧に(でもハッキリと)書いて
返信してから
すぐにラインの通知をオフにしておきました。


別居できたら夫も母も
私のことをキレイさっぱり忘れてくれたらいいのに。

まるで最初からいなかったみたいに。


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夫の祖母の葬儀の件を
あえて母に知らせる事はしなかったんですが

母の気まぐれで
たまたま出した義母へのメールやり取りで
知ってしまったようです。

当然、私に電話をかけてきて

「なんで教えないの!」
「おかげでお母さん恥かいたじゃない!」

と怒り心頭状態で怒鳴りちらすと
話は自分の最近の生活のことになり
身体の不調やご近所さんの嫌がらせ(と母が思いこんでる)、
お金がない、このままじゃ孤独死確実という
どんどん本筋と違う話がとめどなく続くので

ああ、また例によって
自分の不安を人に押し付けてるんだなあと思い
適当に返事をしていました。

ひとつひとつ、丁寧に答えて
これこれこういう理由で葬儀の件は
後で知らせようと思った、と説明しても

母を呼びたくないのはこういう人だから

「そんなのアンタの理屈でしょ!」
「昔っから気がきかないんだから!」
「そういうとこ、あのクズ男(父親のこと)にそっくりだよ!」

どんどんヒートアップして
なぜか話の流れが
私達夫婦に子供がいない事に及び・・

「子供も持たない人間に一人前の口をきく資格はない!」
「夫婦そろって常識知らずなのはそのせいだ!」
「稼げもしない仕事して歳だけとってさ!」
「アンタみたいな女、昔はどう呼ばれてたか知ってる?」
「石女だよ!う・ま・づ・め!」

と、時代錯誤というか
フェミニスト団体が聞いたら卒倒しそうな
罵詈雑言を放ってきたので

葬儀の件で気分を害したなら悪かったけど
今はこれ以上話せないから、と言って
まだ電話口で怒鳴りまくる母を無視して
電話を切りました。

(もちろんその後も鬼のようにかかってきましたが
着信音を消して放置)

数か月会話してなかったけど
久しぶりに聞くとやっぱり強烈。。

でももう以前ほど気持ちを乱される事はなくなり
とにかくこちらの意思を伝えて
静かに距離をとればいい、と思えるようになりました。

わかり合えることは一生ないけど
自分と他人の境界線がはっきりしてくるにつれて
母の事も客観視できるようになったので
気持ち的にはだいぶ楽です。

いろんなタイプの毒母がいると思うけど
基本的には「逃げるが勝ち」なのかもしれませんね。

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